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第四話

 西日が沈み、夜の闇が地上に忍び寄 1 るとき、男爵の門に掛かっているラッパが、その日二度目 2 に鳴った。疲れ切った奉公人が再び主人の部屋まで上がっていったが、今度取り次いだのは見知らぬ人間だった。「ミスター・ミルトン・スミスです!」慣れない 3 客の名前に男爵は慌てて椅子から立ち上がって客を迎えようと進み出た。
「ご機嫌よろしゅう、畏き殿」高名な客は尊大な調子で口を開き、頭を反らした 4 。「貴公の名前と煉瓦造りの屋敷のことを聞き及んだゆえ、夜までにお伺いして貴公にお会いしたいと考えたものでしてな」「それは上々。眺めはお気にいられると思いますよ」男爵が言葉を挟む。自分には解らない上に気にもいらない話を切り上げられればと思ってだ。「謹慶至極」と答え、「それどころか、その喜びが長かれと願っておる次第でございましてな。これらの言葉には生命と真実 5 が宿っておりまして、若き日々の出来事が思い出されます――」「本当に?」男爵は言ったが、相当に混乱している。「ええ、真実そうですとも。そして今、つらつら考えまするに」相手は窓まで歩いて行きながら、「加えてここは私が拝見したいと願っていた土地でもあるのです。すばらしい土地ではありませんかな?」「すばらしい土地ですな 6 」男爵は答えたが内心付け加えた。「そしてあんたが出て行ってくれたらな!」
 見知らぬ男は数分の間立って窓の外を眺めていたが、不意に男爵の方を向いて言った。「是非とも知っておいて頂きたいのだが、私は詩人なのですよ!」「まことに? してその心は?」ミスター・ミルトン・スミスはそれに答えず、自分の見た景色の話を続けた。「お気づきですかな、異様 7 な光があちらの静かな牧草地を囲んでいるのを?」「生け垣のことですかな?」男爵はやや馬鹿にしたように言い、窓のところへ歩いて行った。「私の心は」と客人、「時を分かず弾み――熱望し――自然において何が真実と美 8 であるか――そして――華美なる田夫を顧みることなく――あ、いや、天賦を顧みることなく、ですな、これらは宙に漂うゆえ、そして新緑に紛れし――つまり、ご存じですな、あの草のことですよ」「草に紛れる? ああ、キンポウゲ 9 と言いたいわけか」男爵が言う。「確かに、多少なりとも効果はある」「失礼ながら」ミスター・ミルトン・スミスが言う。「そういいたいのではない。しかし――しかし、それについても詩にできますぞ!」
「愛しき草地よ 汝が匂い
紺碧の空の下輝き
「地に横たわれる――」「旅の鳥追い 10 」男爵が案を出した。「旅の鳥追い!」詩人は繰り返し、驚いて男爵を見た。「そう、旅の鳥追い、ジプシーですな」主人は落ち着いて答える。「よく草地で寝てますもの」霊感を受けた 詩人は肩をすくめて続ける。
「そこにまた休らいおるは菫か」「菫か、では韻を踏むのは旅の鳥追いだけで、あと半分は韻を踏まないことになる」男爵が文句をつけると「仕方ないのです」と詩人は答えた。
「わが眼は優しく」――「あ、囁き 11 、がいい!」男爵が言い、行を完結させてやった。「これで一連出来たわけだ。では、お休み。床は取っておりますので、詩が完成したら呼び鈴を鳴らしてください。家来が寝所へ案内いたしましょう」「ありがとう」男爵が部屋を出るところへ詩人は声をかけた。
「優しく囁きつつ つくはため息――ああ! これでよし」戸が閉まってからも詩人は続けた。そして、窓から乗り出すと低く口笛を吹いた。マントを羽織った、あの怪しい人物がすぐに繁みの中から出現し 12 、ひそひそと話す。「大丈夫か?」「大丈夫だ」詩人が答える。「奴 13 さんはもう追い払った。今頃は詩を捻りながら寝ているだろうさ。ところで、君に教えて貰った詩をもう少しで忘れてしまうところだったよ。おかげでひどい目に遭った。とはいえ、海辺はまだ明るい。急げ」男はマントの下から縄ばしごを出し、詩人が引き上げた。
第五話に続く)
1.ゆっくり、目に見えない進み方の表現。
2.第一回参照
3.同時に、後で解るように「いらない」でもある。
4.挿絵参照。
5.ディケンズの様式。
6.すなわち日の光のもとでは。今はだんだん暗くなっている。
7.意味は詩のためには犠牲となる。
8.註5参照。模倣ではあるが優れている。
9.痩せた土地の徴。そして、男爵の屋敷もしかり。ここから男爵が裕福でないことが判る。これ以上の証拠については第六話にも見える。
10.男爵は、明らかに韻律に対しての音感が良い。
11.ある意味、霊感を受けたといえよう。
12.出てきて。
13.「やつ」ではなく「やっこ」