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第五話

 読者よ! あの大魔術師の洞窟に今一度入ってみるかね? もし胆が太くないようなら、やめた方がいい。ページを閉じてこれ以上読まないことだ。空中高くに黒猫が二匹、萎びた姿でぶら下がっている。二匹の間、乗り出した身を自ら支えている恐ろしい蛇の上には梟が止まっている。
 蜘蛛がこの大占星術師の白髪交じりの髪の上を這い、占星術師はというと、毒蛇が口からぶら下げている魔法の巻物に金色の文字で魔法の呪文を書いていた。生きた 1 じゃがいもに手足がついたような奇妙な姿をしたものが不思議な巻物の上に浮かんでいる。呪文を上から下まで読んでいるように見える。聞け!
 鋭い叫び声が洞窟にとどろき渡り、隅から隅へと、どっしりした天井で音が死に絶える 2 までこだました。恐怖! 魔術師の心胆はおののいてはいない。とはいえ指は三度かすかに震え、ほとんどないごま塩の髪が一筋頭の上に立った。恐怖で逆立ったのだ。もう一筋の髪はその例に倣わなかった。だがそれは蜘蛛がぶら下がっていたためで、逆立つことが出来なかったのだ。
 黒檀のごとき真っ黒な光 3 が一閃し、今や辺り一面に広がった。そしてわずかな閃きの間に、梟が一度ウィンクしたように見えた。禍々しき予兆! 梟の止まっている蛇が音を立てたか? いや、違う! それならもっと恐ろしいはずだ! このぞっとするような時間のあとの深い、死んだような静寂の中、一つ、くしゃみをする音が左の猫から確かに聞こえた。確かに、今や魔術師は震えていた。「広大なる深淵の暗き精霊よ!」怯んだような越えで呟く。年老いた腕は下へと沈んで行こうとしている。「汝を召喚したるにはあらず。なぜに現れた?」魔術師が話すと、じゃがいもが虚ろな声で答えた。「汝召喚せり!」あとは静寂が続く。
 魔術師は恐怖のあまり後ずさった。なんと! じゃがいも
4 が我をヒゲ(卑下)するとは 5 ! そんな馬鹿な! 魔術師は必死で自分の年老いた胸を叩き、ありたけの元気を集めて口を開き、叫んだ。「もう一度そんなことを言ってみろ、その場で茹で上げてしまうぞ!」険悪な空気が流れ、長い、漠とした、そして不思議な間があいた。何が起きようとしているのか。じゃがいもは声を上げて泣きじゃくった。涙が足下の床へ雨のように落ちているのが聞こえる。それから恐ろしい言葉がゆっくり、しかしはっきりと、恐怖に満ちた様子で聞こえて来た。「ゴブノ・ストロドゴル・スロク・スラボルゴ 6 !」それから低い、息だけの声でささやいた。「時は来たれり!」
「謎だ! 謎だ!」占星術師はぞっとして唸った。「ロシア人の鬨の声か! ああ、スロッグドッド! スロッグドッド! 汝は何をしたるや?」期待に満ち、震えながら立ったが、耳を澄ませても何も聞こえない。聞こえるのは遠くで滝が絶え間なく落ち続ける音だけだ。とうとう声がした。「今だ!」その言葉と同時に、右手の猫が重い、どさっという音を立てて地面に落ちた。そして、闇を通してかすかに、ぼんやりと恐ろしい物影 7 が見えた。そいつは何か言おうとしていたが、その前に「コルク抜き!」という叫び声 8 が四方から起こり、洞窟の中をこだました。物影は音を立てずにうなり、消えてしまった。今や慌ただしくパタパタと鳴る音が洞窟中に広がって、三つ 9 の声が同時に「そうだ!」と叫び、明るくなった。目もくらむような光で、魔術師は身震いし、目を閉じて言った。「これは夢だ。目を覚すのだ!」見上げると洞窟も、物影も、猫も、何もかも消えていた。目の前に残っていたのは魔法の巻物と、赤い封蝋の棒と、火の点ったろうそくだけだった。
「尊きじゃがいもよ!」魔術師は呟く。「ありがたいお言葉に従おう」魔力を封じた巻物に封をし、使いを呼んで送り出した。「命がけで急ぐのだ! 急げ! 急げ! 命がけでな! 急げ!」そう耳元でがなり立てられ、おびえた伝令は早馬を飛ばして出て行った。
 大きくため息をついた大魔術師は陰気な洞窟へと戻りながら、うつろな声で呟いた。「今度は蝦蟇 10 の番だな!」
第六話に続く)

(挿絵にある呪文の翻訳)
呪文
窓から放り出され
地面へと落ち
それでも骨を折らず
生きてゐて健康
そして毒を一服
出した器に盛られしが
飲むを免れ得たのは
器に手を着けなかつた故
だがシニョールよ気をつけよ
さもなくば後悔することになる
勇気を出すべきこと多し
やるべきこと多し
時間は疾く過ぎ
汝の見る時
運……

1.「うつろな」声をしており、多分、「魚」の類である。「動物学的論文」参照。(訳注:この項は『牧師館の雨傘』の、他の創作を参照している)
2.死んでしまった後には亡霊が現れる。後述の場面参照。
3.黒い光がどんな風に見えるかは想像しがたい。暗い部屋でろうそくにインクをかければ、そんな光が見えるかもしれない。
4.大事なので、じゃがいもの話は忘れないように気をつけること。
5.「ヒゲ(髭)する」については、第二回参照。
6.これは『パンチ』からの引用。それによると、これを唱えた後では、兵士たちが投降する側であるか、投降を受け入れる側であるか、決して知られることがないという。
7.鋭い叫び声の亡霊。前述の場面参照。
8.叫びは洞窟を螺旋状に転がっていった。
9.恐ろしい物影、じゃがいも、それに右手の猫。
10.第六話参照。蝦蟇は魔法の儀式に常に必要である。シェイクスピア『マクベス』を見よ。