ホームへ

「キャロルに関する雑学帳」へ戻る

「アリスの店」


sheepshop1sheepshop2 『鏡の国のアリス』の「羊毛と水」の章でアリスが羊と出会う店であるが、当時アリス・リデルも使っていた店がモデルであることはよく知られている。クライスト・チャーチのすぐ向かい側にある小さな店で、現在はAlice's Shopとしてアリス関連の土産物を売っている。テニエルも実際に取材に来たということで、アリスと羊がカウンターを挟んで向かい合っている絵など、現在でも全く同じように見える。とはいえ、オクスフォードに行き実際にこの店に入った人は、テニエルの絵そのままだと思いながらも、少なからず異和感を感じるのではなかろうか。実際の店の中は、テニエルの絵とは左右逆なのである。店の奥から入口側を見て、絵では窓とカウンターが左寄り(つまり、入ってすぐ右手側)にあるのに対し実際の店では右寄りにある。これは、「鏡の国」ということで、わざわざテニエルが左右逆に描いたからなのだ。つまり、「鏡」を通して、この店は非常に写実的に表現されている。
 さて、このAlice's Shopの出てくる章だが、気付くとアリスは羊とともにボートに乗っている。そして、手渡された編み針がボートのオールに変わっている。いかにも夢を暗示させる場面転換だが、ちょっと考えて貰いたい。いくら夢であっても、この場面転換は唐突すぎると思われないだろうか?
 確かに、素直に考えれば、幻想的な(特に、後の灯心草との関わりで)風景として描いた、ということになる。しかし、このシーンについてはもっと即物的な解釈が可能であるのだ。つまり、実在のアリス自身がこういう場面を経験していた、という解釈が。
feather オクスフォードには川が二つ流れている。一つはアイシス川(テームズ川)で、これはクライスト・チャーチの南。もう一つの川はチャーウェル川で、こちらはクライスト・チャーチの東から南へ流れている。これら二つの川のすぐ近くにクライスト・チャーチは建っている。そして、時としてクライスト・チャーチは浸水に見舞われたというのだ。
 クリスティーナ・ビョルク『不思議の国のアリスの物語 もうひとりのアリスとルイス・キャロル』の見返しに描かれているオクスフォードの地図には、普通の地図に描かれていない水の流れが描かれている。丁度、「アリスの店」の前の地面から流れ出ている水で、アイシス川に合流するようになっている。もちろん、現在のオクスフォードには、そんな流れはない。実際にはクライスト・チャーチの南から伏流(トリル・ミル川)が地表へ出て南下し、アイシス川へ流れ込んでいる。ではなぜAlice's Shopのすぐ隣から流れが出るような、そんな絵を描いているのか。実は、ちょうど、その伏流が「アリスの店」の地下を流れているのだろう、と云われているのだ。そのために、アイシス川(と、いうか伏流であるトリル・ミル川が)が氾濫した時にこの辺りが浸水するということなのだ。
 Alice's Shopは、中の床がむしろ道路より低い。地表が浸水した場合には店の中も水浸しになる。その結果、『鏡の国のアリス』のテニエルの絵にあるように、店の中がちょっとした池のようになってしまう。
 キャロルは、どうやらアリスも経験しているその光景をヒントにしてこの場面を描いたというのだが……。


「キャロルに関する雑学帳」へ戻る