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アリスのPunchデビュー


 『アリス』といえばテニエルのイラストが有名だが、このイラストにしても全くゼロから出来上がったものではない。イラストの少なくない部分はテニエルが以前に描いたもの、あるいはPunchに他のイラストレーターの描いたものが原型になっているものが見つかる。これを『アリスとテニエル』(M.ハンチャー/石毛雅章訳 東京図書)の説明に従って見て行こう。

 例えばトゥィードルダムとトゥィードルディーのモデルとも考えられる絵が、すでに1861年4月27日号に登場している。また、アリスが着付けを手伝う、兄弟決闘の衣装の原型は、ジョン・リーチが1848年7-12月合本に描いている。また、トゥィードルディーの被っている石炭バケツの兜は1865年2月25日号に出ている(絵の作者不詳)。
 ライオンとユニコーンのイラストについても、テニエルは1853年1-6月合本に原型を描いている。一般にライオンとユニコーンというのはよく扱われる題材なので、単にライオンとユニコーンだけを描いているだけなら「原型」とは云えないかもしれない。この絵が『鏡の国』のイラストの原型と云い得るのは、ライオンのイラストにある。このライオンは、ちゃんと『鏡の国』と同じく眼鏡をかけているのである。その後1857年6月13日号でもテニエルは「眼鏡をかけたライオン」の絵を描いている。
『不思議の国』についても、アリスがチェシャ猫を見上げる絵と似た構図の絵が1862年1月11日号にテニエルによって描かれている。この絵は「『追い上げられて』ブル大佐とアメリカ産のアライグマ」("UP A TREE." Colonel Bull and the Yankee 'Coon)と題され、木の上に逃げたアライグマ(顔がリンカーンの似顔絵になっている)と、それを木の下から狙う男(John Bull:イギリス人)の絵であるが、丁度アリスとチェシャ猫の図の、チェシャ猫の側から見下ろした構図になっている(両者の位置関係はほぼ同じになる)。また、ドードーからアリスが指貫を貰う絵の後ろに猿の絵が描かれているが、この猿と全く同じ顔がすでに1856年10月11日号に登場している(このドードーの後ろにいる猿の絵はダーウィンの似顔絵で、当時の進化論論争に絡めたものだといわれることがあるが、すでに猿の絵に原型があるとすれば、似顔絵説は問題あるかもしれない)。
Punch画像 そして、アリス自身もPunchに登場している。1864年1-6月合本である。この時期、テニエルは『不思議の国のアリス』の原稿を手にしている。ただ、イラストは描き始めていない。ここでテニエルがすでに「アリス」を意識してこの絵を描いたのか(前もってのお披露目、あるいはテストラン)、アリスを描くときに、この絵の少女を使ってみようとしたのかは判らない。
 しかし、ここで一つ面白いことが判る。キャロルがメアリ・ヒルトン・バドコックの写真をモデルにどうかとテニエルに送ったのが1865年である。人によってはテニエルのアリスのモデルとされているメアリ・ヒルトン・バドコックだが、テニエルは写真を送られる前にすでにアリスの原型を作っていたことになるのだ。テニエルがアリスを描くに当たってモデルの使用を不要と断ったというエピソードは、この原型の存在によって俄然意味を持ってくるように思われる。

*画像に使用した雑誌
Punch 1864年1-6月合本表紙(筑波大学所蔵)

参考文献
『アリスとテニエル』M.ハンチャー(石毛雅章訳)東京図書


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